シャーリィ・レイの一人語り

小説など、投稿しています。つまらないものですが、どうぞ。

ダイアモンドフロスト

あなたが生きていた頃、あなたはとても嫌われていた。裏切り者・悪人呼ばわりされていた。それはあなたの態度にも問題があった。あなたは酷く手厳しく、冷たい人だったから…。


しかしあなたが死んでから、様々な事実が明らかになり、それは人々の目にも触れた。あなたは英雄だったのだと、人々は知った。全てをひた隠しにして、任務をやり遂げて、独りで死んでいったのだ。嫌われ役を買って出て、人を寄せ付けることなく、死んでいったのだ。
あぁなんと高潔で、なんと愚かな男。愛に狂った男。

人々は泣いた。惜しい人を失ってしまった。素晴らしい人だった、と。

私も泣いた。私は初めからあなたを信じていた。悪人だなんて、思っていなかった。きっと何か事情があってこんなことをしているのだろう、と頑なに信じていた。それは、間違っていなかった。

どうしてあなたをみすみす死なせたりしたんだろう。私は…何かできたかもしれないのに。独りで死んでいくだなんて、悲しすぎる。
自責の念に押し潰される日々。だから、あなたの葬儀になんて、行けない。怖かったのだ。


あなたが死んでから約3年の年月が流れた。

「あ。そういえば明日はあの人の誕生日だったね」

私の友人の一人がそう言った。私はひどく動揺してしまい、気の利いた返事の一つもできなかった。

「え、あ…そう、ね」

「早いよね、もう3年も経っただなんて。僕、あの人にありがとうの一つも言えてなくて、本当に後悔しているよ、今も」

それっきり、彼は黙り込んだ。私も何も言えずに目を伏せる。
数十秒か、1分が経過しただろうか。彼がぽつりと言った。

「彼のこと、君は最後の最後まで信じていたじゃないか。ほんと、すごいと思う。でも君も何か心に引っかかってるみたいだね」

言葉を選ぶようにゆっくりと、友人は言った。それでも私は、なんてデリカシーのない人かしら、と思ってしまう。

「…」

「彼に、会ってきたらどうかな?君、一度も行ってないよね、その…」

墓参り。
泣きそうな気分。友人に全てを見破られてしまいそうな気がした。

「わかってるわ。ねぇ、今日はもう、帰ってちょうだい」

私は半ば無理矢理彼を玄関に連れていき、ドアを閉めた。

その夜、私はさめざめと泣いた。
あなたに言いたいことは沢山ある。謝りたいことが沢山ある。感謝したいことが沢山ある。けれど、それをあなたの墓石の前で語ったって、自己満足に他ならないのだ。あなたはもう聞いていない。返事をしてくれることもない。しかし…それでも。私は覚悟を決めた。

朝日が昇って、鳥がさえずり始める。一睡もできなかったのだ。
起きて、支度する。そして庭から花をつんできて、小さな花束にした。
玄関の鏡で自分の姿を今一度確認すると、私は出発した。

汽車で40分ほどする郊外に、あなたの墓はあった。周りには何もない。誰もいない。ぽつんと、新緑の草の中に一つだけ、真っ白の墓石。
"誰よりも勇気のある男、ここに眠る"
と彫ってある。あなたに敬意を表して作られたものだろうが、何だか寂しい感じがしてならなかった。

「死んでも、あなたはひとりなの?」

私は昨晩あれだけ泣いたのに、また涙が出てきた。それから箒と、持ってきた雑巾で墓石を綺麗にしながら、私は独り言のように呟いた。あなたへの謝罪、感謝、それから日常のどうでもいいことも。生きていた頃のあなたに話せなかったたくさんのこと。
話しているうちに心が軽くなった。あなたは怒っていない。なんの根拠もないのに、なぜかそう思った。それは自己満足でしかないのかもしれないけど…。
最後に、私はにこりと笑顔を作って言う。

「お誕生日、おめでとうございます」

そして持ってきた花束を供えて、帰っていった。


どのくらい時間が経ったか。優しい風が吹いて、彼の白い墓穴の横に、半透明の姿をした男が立っていた。

"ありがとう"

男は口の形だけでそう呟き、白いの小さな花束に目をやって、すっと消えた。


ダイアモンドフロストの、花束だった。