シャーリィ・レイの一人語り

小説など、投稿しています。つまらないものですが、どうぞ。

【Claris】part2



あの大広間での事件から3日が経ちました。
可哀想なクラリス。魂の抜けたように、寝室のベッドに腰掛けていました。
コンコン、と扉がノックされました。

「どなた?」

彼女の声はあまりに弱々しく、扉の外には届かなかったようです。また扉がノックされました。
彼女は立ち上がり、扉を開けに行きました。

「お嬢様…具合はいかがですか」

ローザベリー家の老執事 ハドソンです。夕食のトレイを持っています。

「変わりないわ。けれどお食事という気分ではないの」

ハドソンは溜息をつきました。

「お言葉ですが、お嬢様。もう3日も、何も召し上がってらっしゃらない。何か食べなくては、お身体がもちません」

「食欲がないわ」

「お父様とお母様のことは、私も大変心苦しいです。しかし、お嬢様だけでもしっかりして頂かなくては。お忘れですか?貴女様は、今やこのローザベリー家を背負っているのですから」

そんなことは、彼女が一番分かっています。しかしそれが返って弱りきったクラリスには重すぎたのでした。

「…ええ、そうね。分かったわ。お食事は後で食べるから、あなたはもう下がっていいわ」

「分かりました」

ハドソンは渋々、といった様子で彼女にトレイを渡しました。彼は分かっているのでした。クラリスに食事を召し上がる気などないのだと。昨日も同じように彼女に渡したのですが、数時間後に食器を回収しに行ったときには食事に全く手がつけられていなかったのですから。

「失礼いたします」

彼は一礼すると、扉を閉めた。


冷めてしまったサーモンステーキとスープを眺めながら、これからどうしたらいいだろう と、クラリスは考えました。彼女はもう子供ではないのです。
葬儀屋を呼ぶ?死体解剖医を呼ぶ?それとも…復讐?
そこまで考えて彼女は思考を一度やめました。
復讐だなんて物騒なことを何故考えたのかしら。そもそも犯人も分からないのに、私ったら。それならまず犯人を突き止めるべきかしら?…いいえ。お父様とお母様のご遺体を法医学者に診てもらってから、葬儀をするが先に決まっているわ。
何度も自らの考えを反芻した挙句、クラリスはそう決めました。


次の日の晩、彼女は法医学者と葬儀屋を呼び、書斎で打ち合わせをなさいました。そこには執事のハドソンも同席しました。彼女を一人にさせるのは不安だったのでしょうか。 


法医学者のエドリアンが言いました。

「葬儀は、来週の今日でよろしいでしょうか、Ms.ローザベリー嬢。解剖に少々時間がかかります」
  
「あ…その、ええ。問題ございませんわ」 

クラリスはどこか遠くを見ているような、心ここにあらずという様子でした。平静を装っていらっしゃるものの、彼女の表情は沈んでいました。しかし優雅な仕草で紅茶を一口飲んで、頷きました。

「承知しました。ではこの流れで進めてゆきましょう」

「御意」

葬儀屋も同意しました。


一週間後の早朝、彼女は葬儀のために仕立てた露出を避けた漆黒のドレスをお召しになっているところでした。

「できましたよ、クラリスお嬢様」

「ありがとう、ルナ」

ルナとは、ローザベリー嬢専属のメイドです。

「もう、下がってよろしいわ」

「分かりました」

クラリスは一人になった途端、深い溜息をつきました。
黒いドレスは彼女の白い肌に映えて他人から見ればそれはそれは美しいのでした。

「こんなもの、似合っていても意味がないわ」

クラリスはドレスの裾をぎゅっと握りしめて、そっと呟きました。


さて、いよいよ葬儀の時がやってきました。ローザベリーの親族だけで行われました。

「この度は心よりお悔やみ申し上げます」

クラリスの父の弟 つまりはクラリスの伯父にあたるサガリアスが言いました。

「ええ…誠に。ありがとうございます」

クラリスはお辞儀をしました。

「お父様…、お母様…、私は…一体どうすれば良いのでしょう」

豪奢な棺に納められたローザベリー伯爵とご婦人のご遺体を見つめて、クラリスは涙を流されました。涙はとめどなく溢れてきます。
それでも、彼女はお二人のご遺体が土葬されるのを見届けました。 


葬儀の後、クラリスは寝室で抜け殻のようになってしまわれました。
いっそ私も毒杯を煽って死んでしまおうか、とすら考えました。けれども再び、復讐 という単語が脳裏を過ぎりました。
死ぬのなら、私の大切な父上と母上を殺した悪魔に裁きを下さなくては。
そう思いました。 顔を上げた彼女のエメラルドの瞳には、復讐の炎が宿っていました。



────to be continued

つらつらと。入院生活

点滴の雫が規則正しく落ちる様子。
無機質さが際立つ天井のタイル。
何のためにここにいるのだろう。
ここには誰も訪れない。
いつまでここにいなければいけないのだろう。

ここは病院だ。しかし、私には病院というより留置場か牢獄のように感じられる。もちろんそれらよりは確実に居心地がいいと思うのだが。
この辺で勘違いする人が出てきそうだが、ここは普通の総合病院であり、精神病棟ではない。故にこうして携帯電話を持ち込めるのである。これだけでもだいぶマシだろう。何もないよりは断然退屈しのぎになる。

私は昨日の早朝に大量服薬して運ばれて、胃洗浄をされて、血液検査をされて、肺炎が見つかって、こうしてここにいるのである。とある人によると一週間ほどで退院できるそうだが、どうなのだろう。こんなところに一週間。長い。

大量服薬したことを私はとても後悔している。それは初めてではないし、何度もやっている。しかしまさかこんな展開に至るとは微塵も思っていなかったのである。
退屈は死に至る病とはよく言った言葉である。確かにそうだ。私はさっきから、点滴の針を如何に抜いて、窓から飛び降りようかなどと意味不明なことを考えているのだから。これが一週間続くだなんて考えたくもない。私の灰色の思考回路が死んでしまう。

さてさて、後悔 に話を戻そう。こうやって自分にとっても他人にとっても予想外なアクシデントを起こすと様々なところに影響が出る。
例えば学校。聞いた話だが学校から自宅へ何度も電話がきているらしい。
例えば勉強。資格の勉強をしなくてはならないのに。3月の最後の方には試験があるのだ。
例えば仕事。入っていたシフトを誰かに代わってもらわねばならないし何よりお金がないのに。
それに私の場合精神科への通院もあるのだ。今回の通院で私は診断書を書いてもらうはずだった。それも先送りだ。
自分はなんて馬鹿な行いをしたのだろうと、心から反省している。これも何かの試練なのだろうか。神様は何と思っていらっしゃるのだろうか。

退屈で、退屈で、退屈で、退屈だ。

天井のタイルを数えてみた。大きなタイルが24個だ。キリのいいのか悪いのか。まぁ、どうでもいいが。

あぁ、本当に、何の為に電解水の点滴など打っているのだろうか。おそらくは医療費を稼ぐためだろう。しかし断ることなどできはしないのだから。全くの馬鹿である。

窓の外で、車が通り過ぎる音がする。ドアの外で看護師が歩き回る音がする。

「失礼します」

ドアが開いて看護婦さんが入ってきた。

「お食事です」

「あ…はい、ありがとうございます」

「また来ます、失礼しました」

一連の会話。これだけ。トレイには札が立ててあって、"胃潰瘍食"と書いてあった。誰が胃潰瘍だ。私は肺炎だ。

そう言えば、昨日の記憶は酷く曖昧だな。たったあれだけの量の薬であんなになるとは思わなかった。後悔。ゴニョゴニョ。ゴニョゴニョ。後悔。
病人食って不味い。いや、不味いというか味がないというかとにかくそこまで箸の進む味ではない。まぁ量もそこまでではないので完食するが。

看護師が戻ってきた。

「全部食べたんですね、すごい!」

「…はぁ」

「調子はどうですか」

「まぁまぁです」

「寒くないですか」

「…大丈夫です」

看護婦さんはなにかカルテに書き付けた。そして軽く会釈して出て行った。

本当に、死ぬほど、やることがない。なんてことだろう。時間を持て余している。

まぁしかし…病人は療養に専念しろということだし、今日はもう大人しくすることにする。
明日の午後に主治医の診察があるらしいのでそこで退院できないか聞いてみよう…。



それでは。




マリーゴールド

君のことを愛してた。…否。今も愛してる。けれど僕は、君を捨てた。僕はなんて無慈悲で、なんて冷酷なのだろう。僕はとても自分勝手だ。

今でも、君は僕を好きだと言ってくる。僕も口には出さないが、君が好きだ。君を忘れる為に、性の快楽に溺れる日々。終わった後はとても虚しくなる。どうしようもなく空虚で、救いのない気分に襲われる。思考することさえもしたくないような、できないような気分。苦しいとはまた違う。哀しさと虚しさとが混ざり合った何か。 

何故こんなことをしているのかといつも自問自答する。自問自答。答えはもう見えている。答えは今も見つからない。僕にも分からない。僕には何もわからない。

あぁ、話が変わるけど、僕のベランダにはマリーゴールドの花が咲いている。橙色と黄色の花。僕の祖母が植えたものだ。今咲いているだなんて、季節外れなのかな?けれどとても美しいよ。

混乱してもう何も考えてたくないときに、この花たちを眺めるんだ。ボーッと、ただそれらを目に映す。そうすると、自然と心が落ち着いてくる。

君を突き放した日も、僕は長い時間そうしていた。2、3時間ベランダの椅子に腰掛けていた、意識を遠く離れた何処かに飛ばしていたと言ってもいいだろう。

そう言えば、もうすぐ君の誕生日なんだ。花たちを摘んで、綺麗な花束にして、君に贈りたい。思わずうっとりすること間違いなしだよ。気高く清らかで、それでいて力強さを秘めたオレンジ。可憐だが官能を感じさせる黄色。最後の贈り物にぴったりだと僕は思うんだ。

自ら君を捨てたというのに、贈り物をしようとする僕。なんで惨い人間。言われなくても分かっている。そんな自分に絶望している。
それでも贈りたい。自分勝手だが贈りたい。もちろん僕の自己満足でしかない。

君。
好きだよ。愛しているよ。
けれどさようなら。

最後の贈り物。マリーゴールドの花束。
ふっふ。だって相応しいと思わないかい?
マリーゴールド花言葉、それは……
あぁ時間だ。僕はもう寝ないと。
戯言をごめんね…読んでくれてありがとう。


それでは。





感傷的なワルツ


「もうやめなよ」


嫌だ


「人の気も知らない癖に」


違う


「・・・こんな君は見てられない」


「だからもう、君とはお別れだ」


嫌だ・・・!


「さようなら」


うそだ・・・!

戸惑う僕に背を向けて、君は歩き出した。

待って・・・行かないで!

そう言おうと口を開いたが、息が詰まって声が出なかった。見えない手に、首を締められているようだった。それは少しずつだが、確実に僕を殺そうとしている。

身体が冷たくなって力が抜けていく。


たすけて 誰か たすけて


叫ぼうにも声なんて出なかった。


――もう終わりだ―――。

そう思った次の瞬間・・・



目が覚めた。

目を開けると、そこにはいつもと変わらない無機質な天井があった。 視線を少しずらし、机の上のデジタル時計に目をやった。

“14:40"

もう午後なのか・・・。

確かめるように自分の手を見ると微かに震えている。

落ち着け、ただの夢だ。例え、それがあの日起こったことの名残だとしても。

僕はソファーから降りて立ち上がった。とたんに吐き気のするような頭痛に襲われて顔をしかめる。小さく悪態をつくが、すぐに頭痛の原因が思い当たった。

窓の外から雨音がする。僕は雨が大嫌いで、降るたびに頭痛を起こすのだ。そんな僕にとってこの季節は地獄であった。何日も降り続く雨に、じめじめとした空気。最悪だ。

僕は窓辺に近付くと溜息をついた。


「・・・うるさい」


しとしとと降り注ぐ雨の音は、耳障りな騒音でしかない。


「うるさいんだよ」


窓ガラスに手を置いたまま呻く。


微かに汗ばんだ服を着替え、僕はまたソファーに身を沈めた。

あぁ、退屈だ。

この天気じゃあ外には出られないし、部屋の扉を開けるのすら億劫だ。実際、僕は用をたす以外で、もう何日も部屋から出ていない。部屋には鍵をかけ、ろくな食事もせずに、こうして薬の作り出す歪んだ眠りと現実の狭間に身を投じるのだった。

第一この部屋にあるのは、必要最低限の家具と、沢山の効かない薬と、床に散らばった大量の本と、バイオリンだけだ。

ん・・・待って、バイオリン?―――――しばらく弾いてないな。

僕はまた頭痛が起こらないように慎重に立ち上がると、壁際に立て掛けられたケースからそれを丁寧に取り出した。少し思案したあと、あの曲を弾き始める。それはたまらなく切なくて、けれどもどこか優しげな三拍子。君の好きな曲だった。

雨音にかき消されようが構いはしなかった。



その最後の旋律を弾き終わったあと、僕は何かが頬を伝うのを感じた。それが涙だと自覚するまでに数秒かかり、気付いた頃には既に遅かった。涙は堰が切れたように流れ続け、止めようにも止められない。僕はその場に膝をつき、バイオリンの弓をぎゅっと握ったまま嗚咽を堪えようとするのが精一杯だった。

悪いのは最初から僕だったのだ。いや・・・そんなことは初めから分かっていた。ただ、認めたくなかったから、我儘な己の過ちを君に押し付けたのだ。


「・・・・ご、めん、なさい・・・っ」


涙でぐちゃぐちゃで何が何だか分からなくなりながら、そう言った。言わなければならない気がした。けれども、自分の中の冷静な部分が、”その声も、あの人には届かないんだよ”と嗤った。そんな自分が酷く恐ろしく感じる。

あぁ、僕はきっと君を傷付けたに違いない。だから、あんなふうに君はいなくなった。それを、全て君のせいにしていた僕は愚か者だ。君が去ったのは全部僕の責任なのに。

お願い、どうか、ここに戻ってきて。大切な君を二度と傷付けたりしないから。薬も辞めるし、もう自分の身体も傷付けたりはしない。何でも言うことを聞くからお願い、戻ってきて・・・。

それが言えたらどんなに楽だったか。君に縋り付いて、泣きながらそう言ったら君は赦してくれただろうか?

だがそれももう、叶いはしない。君は去ってしまったのだから。



涙はいつしか収まっていた。僕に残されたのは耐え難い虚無感だけ。

フラフラと立ち上がり、その辺に転がっている薬の瓶を開けて綺麗な水色の錠剤を浴びるように飲み下した。

苦しい・・・。けど僕にはこれがお似合いだし、他には何もないのだ。

そしてやっとの思いでソファーに這い上がり、灰色の天井を見つめる。

やっぱり、僕は変わらないな・・・。

そう思うと、急に嗤いが込み上げてきた。それは実にニヒルで自嘲的な、狂気そのものだった。


「ハハ・・・ハハハハッ・・・ハハハ」


ひとしきり笑ったあと、僕はゆっくりと目を瞑る。何だかとても安らかな気分だった。どこか遠くで、あの切なくて優しげなメロディーが聞こえたような気がする。

・・・次に目を開けたときには、君に会えるといいな。


―――――カタリ――。


バイオリンの弓が手から滑り落ちた。





【Claris】part1

昔々あるところに、由緒正しい貴族のご令嬢がいらっしゃいました。彼女の名前はクラリス・ローザベリー。あぁ、ええ、貴族の子ですから、ミドルネームは大変長いのです。ここでは省略致しますね。
さて、話を戻しましょう。
クラリスは、美しい少女でした。色素の薄い白金の髪、エメラルドの大きな瞳、白い肌。人形のように、それはそれは美しかったのです。その上、教養があり慎ましやかな性格をしていらっしゃいました。
彼女は一人娘であったため、欲しいものは何でも与えられ、何不自由なく暮らしておりました。


しかし、運命とは残酷なものです。悲劇は突然訪れました。
それはクラリスの16歳の誕生日のことでした。社交界デビューの日です。

その日は、名の知れた皇族や貴族が招待された盛大なダンスパーティーが催されていました。いつもは静かなお屋敷にたくさんの人が集まっています。その中でも美しいクラリスはとても目を引きます。彼女はモスリンのフリルをあしらった豪奢なエメラルドグリーンのドレスを着ておりました。彼女の瞳にぴったりの色です。

クラリス。あなたは今日から小さな少女ではなく、ローザベリー家を背負う一人の女性として生きるのですよ。自覚を持ってくださいね」

彼女の母オフィリアは言いました。

「えぇ。心得ております、お母様」   

クラリスは深く頷いた。

「心配しないで。あなたはとてもよくやっていますわ」

オフィリアは聖母のような笑みを見せて、白い清楚なドレスの裾を美しくなびかせながら夫の元へ戻った。

その後クラリスは伯爵家の息子とワルツを踊ったり、ご友人と談笑したり、楽しそうに過ごされていました。


突然のことです。会場の灯りが一瞬にして消えてしまいました。辺りは真っ暗闇です。

「まぁ!」

「な、なんだ!?」

「停電かしら」

「いたっ…足を踏まれたわ」

「これは失礼」

人々は我も忘れて口々に言いました。
クラリスも思わずキョロキョロと辺りを見回しましたが、何しろ明かり一つないので、何も見えません。

次の瞬間――
パーン パーン パーン と鋭い銃声が3発、広い会場に響き渡りました。それから、ドサッ何かが崩れ落ちるような音。
辺りは一瞬、静まり返ります。
そして消えたときと同じくらい突然に、灯りがパッと戻りました。

「な、な、なんてこと!」 

クラリスは恐怖のあまり気を失いそうになりました。自分とついさっきまで話していた友達が、目の前に倒れているのですから。しかも銃弾に頭を撃ち抜かれて。
彼女は後ずさりました。怖くて怖くて、すぐにこの場から逃げ出したいくらいでした。会場にいた人々も大混乱です。いち早く会場から出ていこうとする人もいました。
何故なら、撃たれていたのはクラリスのご友人だけではなかったからです。

「ローザベリー伯爵とご夫人が…っ」

ローザベリー家の執事の声です。クラリスはパッと声のした方を振り返りました。

俯せに倒れた金髪の男性―――床には大量の血が――、胸元から深紅に染まってしまった白いドレスの女性…
遠くからでも一目で分かります。それは紛れもなく彼女の父と母の変わり果てた姿でした。

「そん、な…おかあ、さま…――」

目眩がして、目の前が真っ暗になりました。そして可哀想なクラリス・ローザベリー嬢は、ショックでその場に崩れ落ち、気を失ってしまいました。


さぁ、悲劇の物語はここから始まります。
寄ってらっしゃい見てらっしゃい、可哀想な少女の物語!


――to be continued

ダイアモンドフロスト

あなたが生きていた頃、あなたはとても嫌われていた。裏切り者・悪人呼ばわりされていた。それはあなたの態度にも問題があった。あなたは酷く手厳しく、冷たい人だったから…。


しかしあなたが死んでから、様々な事実が明らかになり、それは人々の目にも触れた。あなたは英雄だったのだと、人々は知った。全てをひた隠しにして、任務をやり遂げて、独りで死んでいったのだ。嫌われ役を買って出て、人を寄せ付けることなく、死んでいったのだ。
あぁなんと高潔で、なんと愚かな男。愛に狂った男。

人々は泣いた。惜しい人を失ってしまった。素晴らしい人だった、と。

私も泣いた。私は初めからあなたを信じていた。悪人だなんて、思っていなかった。きっと何か事情があってこんなことをしているのだろう、と頑なに信じていた。それは、間違っていなかった。

どうしてあなたをみすみす死なせたりしたんだろう。私は…何かできたかもしれないのに。独りで死んでいくだなんて、悲しすぎる。
自責の念に押し潰される日々。だから、あなたの葬儀になんて、行けない。怖かったのだ。


あなたが死んでから約3年の年月が流れた。

「あ。そういえば明日はあの人の誕生日だったね」

私の友人の一人がそう言った。私はひどく動揺してしまい、気の利いた返事の一つもできなかった。

「え、あ…そう、ね」

「早いよね、もう3年も経っただなんて。僕、あの人にありがとうの一つも言えてなくて、本当に後悔しているよ、今も」

それっきり、彼は黙り込んだ。私も何も言えずに目を伏せる。
数十秒か、1分が経過しただろうか。彼がぽつりと言った。

「彼のこと、君は最後の最後まで信じていたじゃないか。ほんと、すごいと思う。でも君も何か心に引っかかってるみたいだね」

言葉を選ぶようにゆっくりと、友人は言った。それでも私は、なんてデリカシーのない人かしら、と思ってしまう。

「…」

「彼に、会ってきたらどうかな?君、一度も行ってないよね、その…」

墓参り。
泣きそうな気分。友人に全てを見破られてしまいそうな気がした。

「わかってるわ。ねぇ、今日はもう、帰ってちょうだい」

私は半ば無理矢理彼を玄関に連れていき、ドアを閉めた。

その夜、私はさめざめと泣いた。
あなたに言いたいことは沢山ある。謝りたいことが沢山ある。感謝したいことが沢山ある。けれど、それをあなたの墓石の前で語ったって、自己満足に他ならないのだ。あなたはもう聞いていない。返事をしてくれることもない。しかし…それでも。私は覚悟を決めた。

朝日が昇って、鳥がさえずり始める。一睡もできなかったのだ。
起きて、支度する。そして庭から花をつんできて、小さな花束にした。
玄関の鏡で自分の姿を今一度確認すると、私は出発した。

汽車で40分ほどする郊外に、あなたの墓はあった。周りには何もない。誰もいない。ぽつんと、新緑の草の中に一つだけ、真っ白の墓石。
"誰よりも勇気のある男、ここに眠る"
と彫ってある。あなたに敬意を表して作られたものだろうが、何だか寂しい感じがしてならなかった。

「死んでも、あなたはひとりなの?」

私は昨晩あれだけ泣いたのに、また涙が出てきた。それから箒と、持ってきた雑巾で墓石を綺麗にしながら、私は独り言のように呟いた。あなたへの謝罪、感謝、それから日常のどうでもいいことも。生きていた頃のあなたに話せなかったたくさんのこと。
話しているうちに心が軽くなった。あなたは怒っていない。なんの根拠もないのに、なぜかそう思った。それは自己満足でしかないのかもしれないけど…。
最後に、私はにこりと笑顔を作って言う。

「お誕生日、おめでとうございます」

そして持ってきた花束を供えて、帰っていった。


どのくらい時間が経ったか。優しい風が吹いて、彼の白い墓穴の横に、半透明の姿をした男が立っていた。

"ありがとう"

男は口の形だけでそう呟き、白いの小さな花束に目をやって、すっと消えた。


ダイアモンドフロストの、花束だった。